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仙台家庭裁判所石巻支部 平成4年(家)513号 審判 1993年2月15日

申立人 島田順子

主文

申立人の氏を「島田」から「関谷」に変更することを許可する。

1  申立ての要旨

申立人は生来「関谷」姓であったところ、昭和40年8月12日島田忠和と婚姻して「島田」姓を称し、昭和52年5月2日離婚したが、引き取った子が小学生であり、子のために「島田」姓を続称する旨の届け出をした。

現在、子は25歳になり、結婚の相手も決まったので、このために「島田」姓を称している必要はなくなったこと、申立人が「島田」姓を称しているため、忠和と再婚する意思があるのではないかと誤解されることもあること、死後は実家の墓に入りたいことなどからして、生来の氏である「関谷」姓に戻りたく、その旨の許可を求める。

2  当裁判所の判断

(1)  申立人の審問の結果及び戸籍謄本によると、申立人は生来「関谷」姓であったところ、昭和40年8月12日島田忠和と婚姻して「島田」姓を称したこと、昭和52年5月2日離婚したとき、長男(昭和42年11月2日生・当時小学生)を引き取ったこと、夫の実家の反対があったので、「島田」姓を続称することは不本意であったが、幼い長男の情緒を混乱させないため、あえて、「島田」姓を続称することにしたこと、しかし、このたび、長男の結婚が決まったのを機会に、不本意ながら称していた「島田」姓から実家の姓である「関谷」に戻りたい、と考えるようになり、本件申立てをしたこと、を認定できる。

(2)  (1)を基礎として考察する。

<1>  申立人が「島田」姓を称している期間は、婚姻中の12年と離婚後の15年の合計27年の長きにわたっており、「島田」姓は社会的に定着していると評価しうること、申立人が「関谷」に戻らなければ、申立人の今後の生活に実際上の支障がでるとは考え難いこと(離婚後15年も経っているので、現在も申立人が忠和と再婚する意思を有していると誤解している人は殆どいないのではないかと考えられるし、また、「関谷」姓でなければ、実家の墓に入れないということもない、と考えられる)などからすると、本件申立ては、多分に申立人の個人的感情に基づくものであり、それゆえに、かなり限界的な事例と考えられる。

<2>  しかし、人の氏は、生来の氏が本来的なものであり、離婚後、婚氏を称することは例外的なことに属するから、たとえ、婚氏が社会的に定着していると考えられる場合においても、婚氏を称することに耐えられなくなったときは、債権者の追及を逃れるなど不当な目的があるとか、何度も氏を変更することになるなど、社会的に弊害を生ぜしめる事情がない限り、戸籍法107条1項所定の「やむを得ない事由」に該当すると解するのが相当である。

<3>  申立人は、長年茶道教授として堅実な社会生活を営んできた者であり、<2>の社会的に弊害を生ぜしめる事情は見当たらない。

<4>  よって、本件申立ては相当であるとの参与員の意見を斟酌したうえ、本件申立てを認容することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 三浦宏一)

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